昨日の勤務から初めて独りで業務をすることになった。今まではプリセプターという「お姉さんナース」がバックアップでついていたのだけど、そろそろ独りでいい頃でしょう、という評価をいただき。といっても、同期5人では一番遅いデビュー。みんなはとっくに1月には独り立ちしていました。早い人は12月。
まぁ私の場合、英語の壁もあるし、システムもぜんぜん知らないで入ったので、管理職はじめ教育係、先輩ナース含め、みんなが「ゆっくりでいいのよ」と有り難い待遇でした。
独り立ちといっても、あくまでも落ち着いている赤ちゃんたちのケアチームにて。急性期には3月の下旬にうつるので、そうしたらまた先輩ナースについてもらってスタートとなります。
昨日の受け持ち:3人
Aベビー:28週にて出生。現在生後39日目。体重約1.9キロ。NGチューブ(鼻から胃内にいれるチューブ)と経口哺乳(哺乳瓶か直接母乳)の併用中。
Bベビー:35週にて出生。生後6日目。体重約2.3キロ。ビリルビンの値が高く(新生児黄疸)、光線療法中。お母さんが病院の宿泊施設に泊まっていて、直接母乳にて好きな時にいくらでもおっぱいを飲む(いわゆる自律哺乳という)。
Cベビー:25週で出生。生後75日目。体重約1.9キロ。未熟児として今まで険しい経過をたどりながら、現在は落ち着いて点滴も酸素もなし。体重増加を待って早く家に帰れることを目標中。
Bベビーは基本的にお母さんがすべて関わっているので、ほとんど私の手は必要なし。それにしても、入院中の赤ちゃんに付き添うためのお母さんのための宿泊施設があるって、素晴らしい。時には重症な赤ちゃんの家族が宿泊できる「Family room」というのも数は少ないけどある。こういう「治療上必要な家族の宿泊」は無料だそうです。うーん、ますます、すごい。
Aベビーにはお兄ちゃんが2人いて、家族は車で1時間以上はなれたところに住んでいるため、お母さんは面会は毎日数時間。それでも一緒にいられる時間はたっぷり一緒にいます。Aベビー、小さいといえども、それなりに意思表示はあり、たとえおなかがすいていなくても、オムツがぬれていなくても、最近は「抱っこしてー!」といわんばかりに泣いてきます。なので、お母さんがいないときは私が代わりに抱っこしたり、経口哺乳が出来そうなときは哺乳瓶にお母さんが搾乳した母乳をいれて(冷凍庫・冷蔵庫で保存しているのです)おっぱいをあげます。こういう時間、仕事といっても好きなことなので幸せなひと時です。
ちなみにこのAベビーはうんちの出に難があり、いつも苦しんでいます。昨日はおしりを拭いた時に「ぶりぶりぶりぃぃぃぃーーーー」と多量に出てきてすっきり。私の手はウンチまみれだけど、まぁ、赤ちゃんのうんちなのでかわいいものです。(大人とは量も質も違う!)
そしてCベビー。長期入院となると、家族とのかかわりも色々あります。Cベビーのお母さんは「哺乳瓶は使いたくない」といいながら、でも毎回の授乳には来ない、と少々矛盾。病院の宿泊施設に泊まっているのですが、夜は「休みたい」そうです。でもね、家に帰ったらそうはいってられないのに。。。
哺乳瓶が使えないとなると、NGチューブでの「経管栄養」となります。でもNGチューブのままではおうちに帰れません。チューブが必要な病気の赤ちゃんもいるけども、このCベビーの場合は明らかにおっぱいの練習が必要なので。
でも、お母さんはおっぱいの練習を「毎回は赤ちゃんにストレスがかかる。うちの子、おっぱいの練習を始めてから疲れやすくなった」という訴え。そして「他のお母さんたちは、おっぱいとNGチューブの交互でやっている。そのほうがいいみたい」と比べてくる。うーん・・・他のベビーとこの子とはまた違うのに・・・
このCベビーの退院はいつになったら現実的に考えられるのか。まだまだ時間がかかりそうです。
2008年1月22日火曜日
いろいろな違い
私の職場は入院受け入れ枠最大62床の病棟。大体最近は55床くらいで落ち着いている。東京で働いていたときは52床。なので、規模としてはあまり変わらないはずだけど、スタッフの数は大きく違う。日本のときは確か70人くらいだったけど、こちらは200人以上!これでも30人くらい人が足りないみたい。改めて、日本での労働環境の苛酷さを感じます。
入院患者つまり赤ちゃんのバックグランドもまた随分日本と違います。なんといって多国籍。宗教も様々。英語が母国語でない家族も沢山。
そして私の勤務する病院はここエドモントンでも治安がよろしくない地域にあり、そのためか様々なケースに遭遇します。10代のシングルマザーや、日本ではきいたことがあっても実際には遭遇しなかった感染症のケース。あとはこちらの文化ならではなのか、麻薬使用者から生まれた赤ちゃんも珍しくないという悲しい現状。
この麻薬使用歴のある母親から生まれてくる子供は本当にかわいそう。赤ちゃんでも「禁断症状」というものが出るのです。最初にこのケースに遭遇したとき、「やけにずっと泣く赤ちゃんだなぁ」と思ったら、禁断症状でした。甲高く泣き続けて、吐いてしまう。これの繰り返し。ほんとかわいそうです。。。
こういうケースの場合、赤ちゃんに鎮静をかけていきます。そして少しずつ鎮静剤の量を減らしていくのもなのですが、母親が母乳をあけがなら麻薬を続けてしまうことも。その場合、母乳を通じてまた赤ちゃんに麻薬が伝わってしまうので、治療の意味なし。
新米の私は色々ショックを受けながら新しいことを学んでいるところです。
入院患者つまり赤ちゃんのバックグランドもまた随分日本と違います。なんといって多国籍。宗教も様々。英語が母国語でない家族も沢山。
そして私の勤務する病院はここエドモントンでも治安がよろしくない地域にあり、そのためか様々なケースに遭遇します。10代のシングルマザーや、日本ではきいたことがあっても実際には遭遇しなかった感染症のケース。あとはこちらの文化ならではなのか、麻薬使用者から生まれた赤ちゃんも珍しくないという悲しい現状。
この麻薬使用歴のある母親から生まれてくる子供は本当にかわいそう。赤ちゃんでも「禁断症状」というものが出るのです。最初にこのケースに遭遇したとき、「やけにずっと泣く赤ちゃんだなぁ」と思ったら、禁断症状でした。甲高く泣き続けて、吐いてしまう。これの繰り返し。ほんとかわいそうです。。。
こういうケースの場合、赤ちゃんに鎮静をかけていきます。そして少しずつ鎮静剤の量を減らしていくのもなのですが、母親が母乳をあけがなら麻薬を続けてしまうことも。その場合、母乳を通じてまた赤ちゃんに麻薬が伝わってしまうので、治療の意味なし。
新米の私は色々ショックを受けながら新しいことを学んでいるところです。
2008年1月11日金曜日
約1ヶ月経過
臨床での仕事が始まって約1ヶ月が過ぎた。
仕事といっても、気分はまるで学生時代の実習のよう。何をするにもすべて人に聞かないと事が進まない。物品の位置がわからない、書類の整理・処理の仕方がわからない。業務の進め方も日本のときとはぜんぜん違う。1ヶ月経ってやっとなんとなくの流れが見えてきたなぁ・・・という気分。独り立ちにはまだまだ程遠いけども。
日本でのNICUの経験があってよかったと思うことが多いけども、日本での経験がある分混乱することも。どちらがいいんだろう?
違うことは沢山ある。大きく違うのは専門職の多さだろうか。日本だと病院で働く専門職はたいてい医師と看護師、あとは助産師くらい。でも今の職場では、医師、看護師(RN)、専門看護師(NP: Nurse Practitioner)、栄養士、呼吸療法士(Respiratory Therapist: RT)、Lactation consultnt(母乳の専門家)などなど。RNの中でも更にトレーニングを受けたTransport Nurseという立場の人もいる。(*Transport Nurseは移送が必要な時に付き添ったり、医師がいない施設に出向いて蘇生を含む処置を行ったりする)
挿管(呼吸を補助するために気管にチューブを入れること)は主にNPかTransport Nurseが行い、普通の静脈からの点滴ライン確保や採血はRN、お臍からとる点滴ライン確保はNPが行うという。呼吸器の管理は主にRTが行う。栄養面のアセスメントは主に栄養士がしている(様子?)。
そこで私の疑問。
じゃぁ、医師はいったい何をするのでしょうー??
だって、オーダーの入力までうちらRNがやるのです。。。(医師はオーダーをカルテに書くまで)
まだ医師の方たちとあまり関わることもなく、よくわかりません。でも沢山いることは確か。顔写真のファイルをみると10人以上いるみたい。
これから色々探ってみます。
仕事といっても、気分はまるで学生時代の実習のよう。何をするにもすべて人に聞かないと事が進まない。物品の位置がわからない、書類の整理・処理の仕方がわからない。業務の進め方も日本のときとはぜんぜん違う。1ヶ月経ってやっとなんとなくの流れが見えてきたなぁ・・・という気分。独り立ちにはまだまだ程遠いけども。
日本でのNICUの経験があってよかったと思うことが多いけども、日本での経験がある分混乱することも。どちらがいいんだろう?
違うことは沢山ある。大きく違うのは専門職の多さだろうか。日本だと病院で働く専門職はたいてい医師と看護師、あとは助産師くらい。でも今の職場では、医師、看護師(RN)、専門看護師(NP: Nurse Practitioner)、栄養士、呼吸療法士(Respiratory Therapist: RT)、Lactation consultnt(母乳の専門家)などなど。RNの中でも更にトレーニングを受けたTransport Nurseという立場の人もいる。(*Transport Nurseは移送が必要な時に付き添ったり、医師がいない施設に出向いて蘇生を含む処置を行ったりする)
挿管(呼吸を補助するために気管にチューブを入れること)は主にNPかTransport Nurseが行い、普通の静脈からの点滴ライン確保や採血はRN、お臍からとる点滴ライン確保はNPが行うという。呼吸器の管理は主にRTが行う。栄養面のアセスメントは主に栄養士がしている(様子?)。
そこで私の疑問。
じゃぁ、医師はいったい何をするのでしょうー??
だって、オーダーの入力までうちらRNがやるのです。。。(医師はオーダーをカルテに書くまで)
まだ医師の方たちとあまり関わることもなく、よくわかりません。でも沢山いることは確か。顔写真のファイルをみると10人以上いるみたい。
これから色々探ってみます。
2008年1月3日木曜日
新年あけました
カナダでの2回目の年越し。
去年はあまり年越し気分もお正月気分もなかったけど、今年はエドモントンで友人となった人たちにお招きいただき、とっても日本的な気分で楽しく年越しと元旦を過ごせた。K&Gご夫妻、KWご夫妻に感謝です。
自宅では最近通ったばかりのテレビがつけっぱなし状態。別に見ているわけでないのだけど、なんとなくつけてしまう。なければないで観ないテレビだけど、あるとこうなってしまう。。。
ここ最近のニュースで話題はケニアの大統領選挙をめぐっての暴動。年末からどんどん状況が悪化している。罪のない人たちが血を流し、死亡している。今日のニュースでは、教会に逃げていた人たちが焼き殺されたという。子供も含まれていた。
だれもが理不尽だとおもっている今の状況。でもどうにも止らない。現地時間の3日にまた大きなイベントがあるということで、状況が悪化する可能性がある。
大統領選挙の2人の勝ち負けが原因でここまで火がが広がってしまっている。何が正しくなにが間違いは、100%わからないけども、罪のない人たちがこんなにも傷つき・亡くなっている状況を、選挙に勝った人・負けた人はちゃんと考えているのだろうか?
去年はあまり年越し気分もお正月気分もなかったけど、今年はエドモントンで友人となった人たちにお招きいただき、とっても日本的な気分で楽しく年越しと元旦を過ごせた。K&Gご夫妻、KWご夫妻に感謝です。
自宅では最近通ったばかりのテレビがつけっぱなし状態。別に見ているわけでないのだけど、なんとなくつけてしまう。なければないで観ないテレビだけど、あるとこうなってしまう。。。
ここ最近のニュースで話題はケニアの大統領選挙をめぐっての暴動。年末からどんどん状況が悪化している。罪のない人たちが血を流し、死亡している。今日のニュースでは、教会に逃げていた人たちが焼き殺されたという。子供も含まれていた。
だれもが理不尽だとおもっている今の状況。でもどうにも止らない。現地時間の3日にまた大きなイベントがあるということで、状況が悪化する可能性がある。
大統領選挙の2人の勝ち負けが原因でここまで火がが広がってしまっている。何が正しくなにが間違いは、100%わからないけども、罪のない人たちがこんなにも傷つき・亡くなっている状況を、選挙に勝った人・負けた人はちゃんと考えているのだろうか?
2008年1月1日火曜日
2007年を振り返る
本日12月31日。日本はもう年明けだけど、こちらエドモントンはマウント・タイムゾーン。まだ昼間です。ということで、1年を振り返ってみる。
1月
アルバータ州の看護協会に申請する書類準備。書類の一つに翻訳が必要で、翻訳家のYuさんにであう。このYuさん、その後私のエドモントン・ライフでは重要人物となる。requirementの一つである英語のスコアをTOEFLでとるために準備を続ける。
2月
たしか1月終わりか2月くらいに看護協会に書類を提出したような・・・・?TOEFLを3月に受けるべく、引き続き引きこもりながらTOEFL対策。しかし、日々引きこもり、雪ばかりの景色をみてブルーになりがち。Yさんを通じ、Yoさんとも友人となる。
3月
アルバータ大学の公衆衛生に東アフリカでHIV・AIDSに関するリサーチをしている先生を発見。急遽会って、大学院申請をしてみることに。長く短かった準備期間約1週間では色々な経験をした。結果は不合格だったけど、このときの申請プロセスでは貴重な経験を沢山して悔いは全くなし。
4月
1ヶ月東京に帰る。両親と温泉にいったり、韓国旅行、関西旅行と旅行尽くし。美味しいものも山盛り食べて、日本を満喫。数年ぶりの桜も満喫。日本のよさを沢山実感しながら、後ろ髪惹かれる思いで、再びエドモントンに戻る。
5月
エドモントン不在だった間にアルバータ州の看護協会から「Graduate Nurseとして働いても良い」「Canadian RN examを受ける資格あり」との通知を受ける。まずは試験勉強のための問題集を購入。しかし、最初に本を開いたときは1問とくのに数時間かかるというレベル。英語の医療単語やシステムのちがいにちんぷんかんぷんで固まる。。。
就職活動はなにから始めていいのやらさっぱりで、10月の試験が終わってから考えよう、、、と思ったいたところ、友人Yoさんのご主人に「ビザのことは時間がかかるから、早く動いたほうがいい」というアドバスがあり、動くことに。とりあえず、色々な機関に突撃訪問したり、電話したり。その中から今の雇用主であるRegional Health Authorityの人事課から連絡があり、簡単に面接。レジメを渡して、連絡待ちとなる。
6月
居候先でのトラブルからかなり落ち込む日々。就職先となりそうなところ(NICU: Neonatal Intensive Care Unit)から面接の連絡がある。無事面接をするも、プライベートではすっきりせず、日本に帰ることを99%決める。しかし、その直後また気を取り直し、エドモントンに留まることをきめる。そして居候生活から抜け出すことをまず第一として、インターネットで探したルームメイトのところへ引っ越す。
7月
素晴らしい夏の気候のもと、ひたすら図書館通い。気付いたら、7月。RNの試験対策がほとんど出来ていなかったことにあせりを感じ、あと3ヶ月とあせりながら勉強をはじめる。同時に就職がほぼ内定、ということでビザの情報収集を始めるも、ビザなしの身分から、カナダ国内でビザ獲得という情報があまりないことに気付く。友人Yoさんとご主人に沢山相談に乗ってもらいながら、ひたすら情報収集。
8月
就職がどうやら本当に決まったということで、更に必要な書類集めへ。日本の両親に日本の書類に関して沢山助けてもらう。カナダで医療者として働くには健康診断を受けなければいけない、ということで、移民局指定病院に電話をかけまくるも、連絡がなかなか取れない状況にイラつく。しかし、結果運よく、8月中に受診できることに。この健康診断がこの時期受けられなかったら、実際のビザ獲得、仕事開始はおそらく2008年以降になっていただろう・・・
9月
試験まで1ヶ月。ビザのことでストレスフルな日々を送りながら、ひたすら図書館通い。とにかく必死だったことしか覚えていない。
10月
10日に無事試験を受ける。無我夢中で試験問題をほとんど覚えていないが、Clinicalなことより、「この状況ではどの選択肢がベストか?」といった問題ばかりが目に付いた。ひたすら英語を読み続け、計7時間約300問の問題を解き終えたのは試験終了の合図がなる直前。見直しもまったくできず、放心状態で帰宅。たぶん2007年で一番疲れた日だったような。
試験の翌日、だめもとで健康診断の結果が移民局のシステムに入ったかを確認したら、なんとシステムに入っていたことを確認。驚きながら、次の行動を模索。どうやらシアトルまで行かないといけないらしい、というこで、急遽シアトル行きの準備。
シアトルでの申請に持っている書類をすべて持っていって大正解。当初提出するはずだった書類以外にも提出を求められて、ドラえもんのポケットのように次々といわれる追加書類を提出。そして無事ビザのapprovalをもらい、安心したせいか、エドモントンへの帰路から熱発。エドモントンで入国の時、無事Work permitをもらうが、熱のせいで感動もいまひとつ。ずっと持っていた10月20日バンクーバー発成田行きのチケットを19日にキャンセルを終えて、ひたすらそのあとは休養。
無事ビザが取れたことを雇用主と病院に報告。仕事開始日が11月26日と決定。
11月
通勤環境を良くしたい為、引っ越すことに。住宅事情が非常に悪い(質が悪く値段が高い。かつ物件がない)中、通勤にとても便利な場所で、値段もまずまずのアパートを見つけて無事入居。前の入居者がとんでもなく荒らしたため、ほぼ全部改装されてラッキー。古いアパートだけど、最上階(といっても6階)の東南角部屋の景色を日々眺めて癒される。
引越し前後にYuさんを通じて新たな友人Yaさんとの出会い、そして引越しを通じて知り合いが増えていく。
26日から職場でオリエンテーション開始。学生並みに勉強の日々。
30日。RN(Registered Nurse:看護師)の試験結果が合格と届く。言葉にならないうれしさだった。
12月
座学のオリエンテーションを終えて、いよいよ臨床へ。プリセプターについてもらい、日々新しいことを学ぶ新鮮さを楽しむ。12月はとにかくあっという間に時間が過ぎて、気付いたら本日31日。
ここ数年、1年を振り返ると「今年は怒涛だったなぁ・・・」といつも思うが、今年はかなり大きな転機だった。数ヶ月前まで職なし・ビザなしだった私が、今は看護師として病院で働いてお給料をもらい、生活している。
この1年、沢山の人たちに、沢山サポートしもらって今の自分があります。
皆さん、どうもありがとう。
1月
アルバータ州の看護協会に申請する書類準備。書類の一つに翻訳が必要で、翻訳家のYuさんにであう。このYuさん、その後私のエドモントン・ライフでは重要人物となる。requirementの一つである英語のスコアをTOEFLでとるために準備を続ける。
2月
たしか1月終わりか2月くらいに看護協会に書類を提出したような・・・・?TOEFLを3月に受けるべく、引き続き引きこもりながらTOEFL対策。しかし、日々引きこもり、雪ばかりの景色をみてブルーになりがち。Yさんを通じ、Yoさんとも友人となる。
3月
アルバータ大学の公衆衛生に東アフリカでHIV・AIDSに関するリサーチをしている先生を発見。急遽会って、大学院申請をしてみることに。長く短かった準備期間約1週間では色々な経験をした。結果は不合格だったけど、このときの申請プロセスでは貴重な経験を沢山して悔いは全くなし。
4月
1ヶ月東京に帰る。両親と温泉にいったり、韓国旅行、関西旅行と旅行尽くし。美味しいものも山盛り食べて、日本を満喫。数年ぶりの桜も満喫。日本のよさを沢山実感しながら、後ろ髪惹かれる思いで、再びエドモントンに戻る。
5月
エドモントン不在だった間にアルバータ州の看護協会から「Graduate Nurseとして働いても良い」「Canadian RN examを受ける資格あり」との通知を受ける。まずは試験勉強のための問題集を購入。しかし、最初に本を開いたときは1問とくのに数時間かかるというレベル。英語の医療単語やシステムのちがいにちんぷんかんぷんで固まる。。。
就職活動はなにから始めていいのやらさっぱりで、10月の試験が終わってから考えよう、、、と思ったいたところ、友人Yoさんのご主人に「ビザのことは時間がかかるから、早く動いたほうがいい」というアドバスがあり、動くことに。とりあえず、色々な機関に突撃訪問したり、電話したり。その中から今の雇用主であるRegional Health Authorityの人事課から連絡があり、簡単に面接。レジメを渡して、連絡待ちとなる。
6月
居候先でのトラブルからかなり落ち込む日々。就職先となりそうなところ(NICU: Neonatal Intensive Care Unit)から面接の連絡がある。無事面接をするも、プライベートではすっきりせず、日本に帰ることを99%決める。しかし、その直後また気を取り直し、エドモントンに留まることをきめる。そして居候生活から抜け出すことをまず第一として、インターネットで探したルームメイトのところへ引っ越す。
7月
素晴らしい夏の気候のもと、ひたすら図書館通い。気付いたら、7月。RNの試験対策がほとんど出来ていなかったことにあせりを感じ、あと3ヶ月とあせりながら勉強をはじめる。同時に就職がほぼ内定、ということでビザの情報収集を始めるも、ビザなしの身分から、カナダ国内でビザ獲得という情報があまりないことに気付く。友人Yoさんとご主人に沢山相談に乗ってもらいながら、ひたすら情報収集。
8月
就職がどうやら本当に決まったということで、更に必要な書類集めへ。日本の両親に日本の書類に関して沢山助けてもらう。カナダで医療者として働くには健康診断を受けなければいけない、ということで、移民局指定病院に電話をかけまくるも、連絡がなかなか取れない状況にイラつく。しかし、結果運よく、8月中に受診できることに。この健康診断がこの時期受けられなかったら、実際のビザ獲得、仕事開始はおそらく2008年以降になっていただろう・・・
9月
試験まで1ヶ月。ビザのことでストレスフルな日々を送りながら、ひたすら図書館通い。とにかく必死だったことしか覚えていない。
10月
10日に無事試験を受ける。無我夢中で試験問題をほとんど覚えていないが、Clinicalなことより、「この状況ではどの選択肢がベストか?」といった問題ばかりが目に付いた。ひたすら英語を読み続け、計7時間約300問の問題を解き終えたのは試験終了の合図がなる直前。見直しもまったくできず、放心状態で帰宅。たぶん2007年で一番疲れた日だったような。
試験の翌日、だめもとで健康診断の結果が移民局のシステムに入ったかを確認したら、なんとシステムに入っていたことを確認。驚きながら、次の行動を模索。どうやらシアトルまで行かないといけないらしい、というこで、急遽シアトル行きの準備。
シアトルでの申請に持っている書類をすべて持っていって大正解。当初提出するはずだった書類以外にも提出を求められて、ドラえもんのポケットのように次々といわれる追加書類を提出。そして無事ビザのapprovalをもらい、安心したせいか、エドモントンへの帰路から熱発。エドモントンで入国の時、無事Work permitをもらうが、熱のせいで感動もいまひとつ。ずっと持っていた10月20日バンクーバー発成田行きのチケットを19日にキャンセルを終えて、ひたすらそのあとは休養。
無事ビザが取れたことを雇用主と病院に報告。仕事開始日が11月26日と決定。
11月
通勤環境を良くしたい為、引っ越すことに。住宅事情が非常に悪い(質が悪く値段が高い。かつ物件がない)中、通勤にとても便利な場所で、値段もまずまずのアパートを見つけて無事入居。前の入居者がとんでもなく荒らしたため、ほぼ全部改装されてラッキー。古いアパートだけど、最上階(といっても6階)の東南角部屋の景色を日々眺めて癒される。
引越し前後にYuさんを通じて新たな友人Yaさんとの出会い、そして引越しを通じて知り合いが増えていく。
26日から職場でオリエンテーション開始。学生並みに勉強の日々。
30日。RN(Registered Nurse:看護師)の試験結果が合格と届く。言葉にならないうれしさだった。
12月
座学のオリエンテーションを終えて、いよいよ臨床へ。プリセプターについてもらい、日々新しいことを学ぶ新鮮さを楽しむ。12月はとにかくあっという間に時間が過ぎて、気付いたら本日31日。
ここ数年、1年を振り返ると「今年は怒涛だったなぁ・・・」といつも思うが、今年はかなり大きな転機だった。数ヶ月前まで職なし・ビザなしだった私が、今は看護師として病院で働いてお給料をもらい、生活している。
この1年、沢山の人たちに、沢山サポートしもらって今の自分があります。
皆さん、どうもありがとう。
2007年12月20日木曜日
Pain Management
5連勤がやっと終わり、ほっと一息中。12時間シフトはやはり疲れる。。。
2週間のトレーニングを終えて、初めての臨床での仕事であった。業務はなれないことばかり。物品の場所もわからず、一つやろうとするごとに誰かに聞かないと動けない。もどかしいけども、こればかりは少しずつ覚えていくしかない。
私の英語力がNativeとは違うということで、かなりのスローペースでの臨床デビュー。周りの理解もあり、少しづつ業務なり言葉使いを覚えているところ。そして昨日の夜勤では新しい経験を沢山した。
その一つがPain Management。
赤ちゃんでも痛みをしっかり感じる。ただ、その痛み・不快感を言葉に表せないだけ。
昨日は採血に初挑戦。かかとをちょこっと刺して血をとる方法と、点滴のラインを確保する要領で採血する方法の2つ。一気にチャレンジしました。
その時必要なのが、痛み緩和のための「砂糖水」(Sucrose:ショ糖)を少しずつ口に含ませること。やってみてビックリ。効果あるのです。泣かない。針を刺しても泣かない。その場面を見たことがあったけども、自分が実際に針を刺して赤ちゃんが泣かない、という状況に正直驚いた。
未熟児ちゃんたちでも「甘さ」なり、何かの味を感じているようです。
2週間のトレーニングを終えて、初めての臨床での仕事であった。業務はなれないことばかり。物品の場所もわからず、一つやろうとするごとに誰かに聞かないと動けない。もどかしいけども、こればかりは少しずつ覚えていくしかない。
私の英語力がNativeとは違うということで、かなりのスローペースでの臨床デビュー。周りの理解もあり、少しづつ業務なり言葉使いを覚えているところ。そして昨日の夜勤では新しい経験を沢山した。
その一つがPain Management。
赤ちゃんでも痛みをしっかり感じる。ただ、その痛み・不快感を言葉に表せないだけ。
昨日は採血に初挑戦。かかとをちょこっと刺して血をとる方法と、点滴のラインを確保する要領で採血する方法の2つ。一気にチャレンジしました。
その時必要なのが、痛み緩和のための「砂糖水」(Sucrose:ショ糖)を少しずつ口に含ませること。やってみてビックリ。効果あるのです。泣かない。針を刺しても泣かない。その場面を見たことがあったけども、自分が実際に針を刺して赤ちゃんが泣かない、という状況に正直驚いた。
未熟児ちゃんたちでも「甘さ」なり、何かの味を感じているようです。
2007年12月12日水曜日
脱・無職生活
11月26日からやっと仕事が始まった。仕事といっても、最初の2週間は座学中心のトレーニング。でもちゃんとお給料がでるから素晴らしい。
なにが素晴らしいって、そうとう内容の濃い勉強を少人数でやれる。私の臨床経験はだいぶ古いので、すでに知っていることとだいぶ違うこともあるけども、こうしてUpdateできるのはうれしいことです。しかし勉強量が学生時代とは比べ物にならないハードさ。まぁ、英語ってこともあるんだろけど、、、学生並みに課題山盛り。カナダ人ナースもつかれきっていた。私も相当疲れたけども、心地よい疲れだった。
こちらはお給料が2週間ごとに出るそうな。でも、やはりここはカナダ。一緒にトレーニングを受けている一人は違う病院から移ってきたのだが、異動時のお給料が遅れたそうな。こうい事務的な業務が日本とは比べ物にならない遅さと適当さにはそろそろ驚かなくなってきた。別の同期友人は、看護師の資格証明一度も提出したこと無いって。ありえん。。。さて、私のお給料は今週末ちゃんと入るかな??
なんてのんきに構えていられるのも、実は先週雇用主から今まで立て替えていたお金がちゃんと振り込まれていたのである。思いのほかこれは早かった。今まで自分に投資、と思って払っていたお金が戻ってくるって、なんだか得した気分♪(ビザ代・健康診断・RN試験対策コース受講費用など)
最近は生活に変化が多かった。なんといっても一番の出来事はRN(Registered Nurse)の試験に受かったこと。11月30日に結果が届いたとき、これはもう言葉にならないうれしさだった。そしてここ数ヶ月のことを一気に思いだした。
今年前半はかなり非生産的な時間も過ごし、Negative thinkingが止らない時期があった。でも、気持ちが落ちるところまで落ちたあとは、まずは引っ越した。就職が決まって、綱渡り状態だったビザがベストなタイミングでとれて、仕事のためにまた引っ越して、仕事が始まり、そしてRNの試験合格。
夏に引っ越していなかったら・・・?日本に帰っていたら・・・?まぁ、それもまた私の人生だったかもしれないけども、ここに留まってホント良かった、と今はおもえる。
やっとこれでカナダで仕事のスタート地点に立ちました。
なにが素晴らしいって、そうとう内容の濃い勉強を少人数でやれる。私の臨床経験はだいぶ古いので、すでに知っていることとだいぶ違うこともあるけども、こうしてUpdateできるのはうれしいことです。しかし勉強量が学生時代とは比べ物にならないハードさ。まぁ、英語ってこともあるんだろけど、、、学生並みに課題山盛り。カナダ人ナースもつかれきっていた。私も相当疲れたけども、心地よい疲れだった。
こちらはお給料が2週間ごとに出るそうな。でも、やはりここはカナダ。一緒にトレーニングを受けている一人は違う病院から移ってきたのだが、異動時のお給料が遅れたそうな。こうい事務的な業務が日本とは比べ物にならない遅さと適当さにはそろそろ驚かなくなってきた。別の同期友人は、看護師の資格証明一度も提出したこと無いって。ありえん。。。さて、私のお給料は今週末ちゃんと入るかな??
なんてのんきに構えていられるのも、実は先週雇用主から今まで立て替えていたお金がちゃんと振り込まれていたのである。思いのほかこれは早かった。今まで自分に投資、と思って払っていたお金が戻ってくるって、なんだか得した気分♪(ビザ代・健康診断・RN試験対策コース受講費用など)
最近は生活に変化が多かった。なんといっても一番の出来事はRN(Registered Nurse)の試験に受かったこと。11月30日に結果が届いたとき、これはもう言葉にならないうれしさだった。そしてここ数ヶ月のことを一気に思いだした。
今年前半はかなり非生産的な時間も過ごし、Negative thinkingが止らない時期があった。でも、気持ちが落ちるところまで落ちたあとは、まずは引っ越した。就職が決まって、綱渡り状態だったビザがベストなタイミングでとれて、仕事のためにまた引っ越して、仕事が始まり、そしてRNの試験合格。
夏に引っ越していなかったら・・・?日本に帰っていたら・・・?まぁ、それもまた私の人生だったかもしれないけども、ここに留まってホント良かった、と今はおもえる。
やっとこれでカナダで仕事のスタート地点に立ちました。
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