2008年11月15日土曜日

またまた三つ子ちゃん

昨日は夜勤明けのすぐあとの日勤でした。本当はこういうシフトはないのだけど、休暇のために勤務交代をしたため、きついシフトになってしまった。。。あまりヘビーな担当になりませんようにに・・・と願いながら出勤したら、願いかなわず。

受け持ちは三つ子ちゃんのうちの二人。27週で生まれて受け持ち時は生後3日目のNate(仮名)とRick(仮名)。お母さんは22歳にして今回の妊娠が4回目(でも今まで子供は生んだことがない)。カルテに父親の記載はなし。自然の三つ子ちゃんの様子。うーん、まえにもこういう展開あったなぁ。。。

3人とも生後すぐに挿管されて、すぐに抜管にいたったものの、私が受け持ったNateは生後2日目に肺出血をおこし、生死をさまよった。昨日私が受け持った時点では昇圧剤はとまっており、比較的安定はしていた。安定といっても、気は抜けない状態。PDA(動脈管開存:本来生後閉じるはずの血管が開いたままの状態)はおそらく大きく開いたままだろう・・・ということが考えられる全身状態。

私が受け持っている間に栄養も開始された。最初は6時間おきに1mlずつ。胃内からチューブを通じて黒やら茶色やら緑のものが少量だけどだらだら引けてくる(というか出てくる)状態。血圧が微妙に下がっている。うーん。。。

最初の1mlは12時に注入。重力を使ってゆっくりと。その後も微妙に血圧が下がってきている。前日に輸血も昇圧剤も使われて落ち着いたけど、肺出血がまだ続いているかも知れない状況。全身状態はけしてよいわけでないが、こういうときでも栄養は積極的に薦めていく今私が働いているの現場のやりかた。うーん、どうなんだろう???とすっきりしないまま夕方へ。

おなかの色はなんだかグレーがかっている。とてもいやな感じ。それをCharge Nurse(リーダーさんみたいな存在)に報告。その連絡を受けたNurse Practitionerが診察にやってくる(*基本的にBedside Nurseである私がDrやNurse Practitionerに直接連絡することはできないことになっている)。

「腹部はとてもソフト。栄養はすすめていくべき。Tryしなければ何も進まない。」ということで、栄養続行の指示。私としてはおなかがソフトでなくなったらそれこそ怖いんだけど。。。

Nateの状態が一日中あるいみ不安定でばたばたしていたところ、お隣のRickも今日はよくアラームをならす。前日よりもApnea(無呼吸)頻発。。。夜勤の人からは「このRickはとても機嫌がわるくなりやすい。ちょっとした音にも神経質。よく泣き暴れる」と聞いていたものの、私の勤務帯では一度も泣かない。関わるときはそれなりに反応はあるものの、「なんかちょっとおとなしすぎるのでは・・・?」という印象。尿量も前日より微妙に下がってきている。。。

ママのおなかから27週という早すぎる時期にでてきたこの子達が超えて行くハードルは沢山ありすぎるようです。



受け持ち二人ともすっきりしない状態で過ごした日勤。ずっとばたばたで、疲れたけども、強制的に体内時計がこちらのタイムゾーンに戻ったHadijaでした。

2008年11月13日木曜日

休暇明け

ここ最近もすっかり日記をサボっていたHadijaです。。。ばたばたはいつものこと。でも、仕事のことを中心に書くこの日記がこんなに久しぶりなのは、仕事をしていなかったからです。といっても病気だったわけではないです。休暇だったのです。それも3週間半!

日本で、こんな長い休暇まずありえないでしょう。。。日本の皆さんすみませぬ。

普段12時間で勤務しているので、8時間勤務の人より普段の休みは多く、そこに有給を8日+勤務交代3日をいれたら3週間半の休みとなったのです。日本で仕事していたときは簡単に勤務交代なんてできなかったけども、今の職場環境では代わりをみつければ自由にできるのです。うーん、すばらしい。

たっぷり日本で充電して帰ってきての仕事。英語から完全に離れていた休暇だったので、久々の英語尽くしは疲れました。言葉のなれって恐ろしい。。。英語モードにこれから切り替えていかねばです。

この数日の受け持ちは、休み明けにはぴったりの軽症レベル。休暇前はまだ保育器で酸素やCPAP(Continuous Positive Airway Pressure:持続的に陽圧を気道に送る呼吸補助機)を使っていた赤ちゃんが保育器を出ていました。栄養もチューブからではなく、哺乳瓶でミルクを飲んでいます。私が休暇に行く前にたままた受け持っていたのですが、呼吸は不安定でこの子はいったいいつ酸素がきれるのだろう・・・と思っていたけど、確実に前進しています。

なじみがあった赤ちゃんの多くはこの休暇中に退院・転院となっていました。ちょっと寂しいけど、うれしいニュースでもありました。



日本に帰るたびに髪をばっさり切ることがこの数年のお約束事になりつつあります。今回もまた切りました。のび放題になる前にまた充電に帰りたいものです。

2008年10月2日木曜日

あっという間・・・!

すでに紅葉まっさかりのここエドモントン。紅葉もだいぶ散りつつあるかなぁ。。。きれいな景色を写真に収めたい、と思いつつ、カメラを前ほど持ち歩かず、ベストショットを逃してばかり。これが散ったら本格的に冬がやってくるかと思うと怖いです。

最近はいろいろなことに一杯一杯のHadijaです。

仕事環境でもちょっと動きがあり、とにかく精一杯に突っ走っております。

今日は久々に仕事で慢性期チームで働きました。

久々に思いっきり赤ちゃんに授乳して、気持ちよくげっぷさせて、たんまり中身のオムツを替えて、とNannyのような仕事でした。ここ最近、極端に小さかったり、病気気味の赤ちゃんや、家族背景の難しいケースなどをを受け持っていたので、久々に一般的に近いて赤ちゃんと触れ合って、幸せを感じました。

2008年9月20日土曜日

Apprehended

先日、Dandy Walker Syndromeという病気の男の子(Thomas:仮名)を受け持ちました。この病気は脳質とくも膜の交通障害が先天的にあり、結果てきに水頭症を合併しやすいものです。

39週、3.4キロで出生。私が受け持ったのは生後約2週目でした。特に神経学的症状は今のところなく、全身状態は落ち着いており、通常のケースであれば自宅に帰る時期であったのですが、ちょっと訳ありの家族背景がありました。

Thomasのママは今まで14回妊娠。2回の流産をしています。なのでThomasは12人目の出産(2人は事故?により死亡)でした。そして、Thomasのお兄ちゃん・お姉ちゃんにあたる子供たちはFoster parentsに育てたれている、というバックグランドがあるのです。そしてこの生まれたばかりのThomasもすでに養子に出されることが決まっています。

今回私が知ったのは養子に出されるケースの言葉の違い。カルテに「Apprehended」と書いてありました。同僚に「Adoptionとどう違うの?」と聞いたところ、Apprehendedは親に養育能力がない場合(仕事を持たない、子供を育てる経済的基盤がない、ドラック・ユーザーである、子供を虐待してしまうなどなど)、両親の意思には関係なく、強制的にFoster parentsに子供を預けられてしまうということです。

こういったSocial Serviceを巻き込むケースは非常に多くみられます。移民やNative Indianといった人種的背景が大きく関わっているのも、カナダというかこの土地ならではの特徴でしょう。ちなみにこのThomasもNative Indianの赤ちゃんです。日本であまり経験ないことだったので、ここならではの地域保健や看護もこれから学んでいく必要があるHadijaであります。

2008年9月18日木曜日

すでに秋

日本はまだ残暑が厳しいころでしょうか。

ここエドモントンは最近はすっかり紅葉づいてきました。。。おかげで朝の冷え込みは・・・4,5度というときがあります!朝の出勤時や夜勤の帰宅時の寒さはすっかり東京の冬モード。日中晴れると20度前後まで気温が上がることもあるけども、日照時間もだいぶ短くなってきて確実に冬に向かっています。

気がついたらもう9月半ば。日記はやはり不定期のHadijaです。。。


8月終わりから9月上旬にかけて、5泊でオクラホマというところにいってきました。「オクラホマって・・・?」と日本にはあまりなじみがないアメリカ中南部の州。ここにHadijaは16歳のとき交換留学生として1年滞在したのです。

大学時代、2回ほどホストファミリーを訪ねたのですが、仕事をしはじめてからは長期の休みがなかなか取りにくかったので、きづいたら10年以上訪ねてなかったです。でも、つながる人とはつながるものなのでしょうか。ホストファミリーとは連絡が途絶えたこともあったけど、私がカナダにきてからちょこちょこと連絡をとり、今回久々に訪ねてきました。まとまった休みをチョコチョコ取れるものここで仕事をするメリットです♪

ホストファミリーとは10年ぶりにあうけども、あまり時間の経過を感じず。でも、久々にあったのでその間のお互いの生活の変化など沢山語り合いました。

ホストファミリーには私はとても気にかけてもらっていて、「カナダなんて寒いところじゃなくって、ここにまたおいで!」とかなり真剣に誘われました。私としてはあまり乗り気でなかったけど、ホストファミリーの知り合いのつてで病院2件+クリニック1件まで職場見学に行ってしまった。でも、いまアメリカでは外国人ナースに対するビザの発給がとまっており(あったとしてもとても難しいらしい)、そう簡単にアメリカで看護職にありつけない、ということをホストファミリーがすこしわかったみたいで(私は前から「そう簡単にアメリカで仕事なんてできないのよ、といっても信じてもらえなかった)」、そうしたら今度は「こうなったらHadijaにいいオトコをみつけて結婚してビザを取るしかないわね」という展開に。勢いあるホストファミリーです(主にママ。。。)

久々のオクラホマでののんびり生活を楽しんで、思いっきりアメリカンな食生活(ジャンクフードいくらでもある生活)に少々つかれて戻ってきたエドモントン。オクラホマは夏だったけど、エドモントンはすでに秋の気候です。今度写真をUpします。

2008年8月21日木曜日

夏日

ここ最近のエドモントンは本当に暑かった。。。去年の夏は半地下となっている部屋に住んでいたため、非常に涼しかったのだけど、今は東南角部屋という日当たり抜群のアパートなので、部屋の中は外より暑い。扇風機を回しても熱風状態。ここは湿気がほとんどないため、東京の蒸し暑さと比べたらまだいいほうなのだけど、久々に寝苦しい1週間を経験。でも今日は17度とひんやり。暑すぎるのもこまるけど、これで夏も終わりかも?と思うと寂しいものです。最近日照時間も短くなってきて、確実に長い寒い冬が近づいてきています。。。


昨晩の受け持ちはCPAP(Continuous Positive Airway Pressure:持続気道陽圧)をつけている赤ちゃん2二人。27週、25週出生の赤ちゃんたち二人とも1キロちょいほどの大きさ。

27週にて生まれた女の子は、お母さんが出産前日まで妊娠に気づかなかったというバックグランドあり。生まれるまで3ヶ月間出血が続いていたというけども。。。

生後まもなくはそれなりに順調に経過していたのですが、敗血症を起こしてしまいました。でも抗生物質で少しずつ元気になり、現在は持続的な点滴はとまり、栄養は経管栄養で少しずつ大きくなっています。でも、呼吸状態はいまひとつでこのCPAPに頼らずにはいられません。ちょっとでも圧が逃げてしまうと(CPAPのマスクがずれたりすると)サチュレーション(酸素飽和度)が下がり、徐脈も起こし、といことで頻繁にアラームを鳴らしています。もう一人の受け持ちの子も必要酸素は21%(私たちが吸っている空気の濃度)に近いものの、CPAPにまだまだ依存しているため、二人ともに圧が多少ずれるたびにアラームの嵐。。。昔仕事を始めたばかりのころはこのアラーム音が家で寝ているときにも頭をめぐっていたけども、いまはさすがになれました、といってもまだまだつらいものがあります。。。

27週出生の子は現在生後約1ヶ月なので、修正週数でもまだ31週。本当はまだお母さんのおなかにいる時期。体重もやっと1キロを超えたところなので、まだまだ道のりは長いです。


ところでこのCPAPという呼吸補助装置。今の職場ではとても頻繁に使われています。日本で臨床をやっていたときは、抜管時は保育器の中に酸素を流して、自発呼吸でがんばってもらっていたような。でも、今の現場では抜管後はかならずCPAPを使い、呼吸状態ほか全身状態が安定していればCPAPをはずして、微量の酸素を経鼻カニュラをつかい、そしてその後安定していれば酸素Offという順序となっています(かなり安定している場合は、経鼻カニュラでの酸素投与を省くこともある)。

30週前後までの出生の場合は、抜管前にかならずカフェインを投与。これはほぼルチーン化です(カフェインは無呼吸を予防するために使う)。

挿管による呼吸管理も含め、こういった呼吸補助気を使う上で重要なのがRT(Respiratory Therapist:呼吸療法士)です。日本では耳慣れない職種かもしれないですが、ここでの仕事は彼ら無しには成り立ちません。呼吸器を使うときは、設定を含めて装置の管理はすべて彼ら任せ。医師が「呼吸器の設定を落としていくように」という指示を出すと、私たちベットサイド・ナースとともに赤ちゃんの観察を行い、血液ガスを適宜とりながらRTが設定を変えていきます。抜管の指示が出たときは、RTが抜管します。挿管が必要なときもRTが一通り準備をしてくれて、私たちナースは挿管時に必要な投薬の準備をします(Atropine, Fentanyl, Succinylcoline)。こういった挿管前の投薬のルチーン化もここでの臨床ならではでしょうか・・・?(日本での最近のやり方をご存知の方はぜひ情報を送っていただけたらうれしいです!)

2008年8月10日日曜日

夏の来客

先週は東京から友人2名がここエドモントンに遊びに来ました。協力隊時代の友人で、出会ってから5年とすこし。この二人は私がタンザニアのタンガというところにいるときも一人はザンビアから、もう一人はマラウイから会いに来てくれた人たち。

昔から一緒にお馬鹿なことをしていましたが、その心意気はまだまだ健在。そして今回たんまりお土産を持ってきてくれてました。日本食・日本酒、そして「日本酒飲むならやっぱり浴衣でしょう~」ということで、浴衣と扇子まで!!

写真は私がいただいた浴衣とエドモントンの景色です。男性1名+女性2名、それぞれ素敵な浴衣を着て少し街を歩き、そのままちょっと高級なレストランへ。思い出深い夏の1ページとなりました。